
【お坊さんは修行しているから、もう煩悩(欲望や邪な心)なんて無いんでしょう?】
たま~に聞かれます。とんでもない!もう、煩悩だらけですよ。坊主になったからといって、煩悩まで丸刈りになる訳では無いんですよ…美味しい物は食べたいし、楽しい事もしたい。少し意地を張ってしまう事もある。腹が立つ事もあればお酒を飲んでくだらない事で笑ってしまう事もある。
【人と比べてはいけない】などと言いながら、自分より恰好良いお数珠(おじゅず)を持っているお坊さんを見ると、少し羨ましくなる。特に水晶の大きくて綺麗な物とかですね。本当に凄い物は驚く程に良い音が出せたりするんですよ(これはお坊さんにしか解らないかも…(笑))
【欲張ってはいけない】と説いても、好きな食べ物はもう一つ欲しくなる。
本当に何よりも厄介なのが、他者の煩悩はよく見えるのに、自分の煩悩はなかなか見えないという事です。まったく、実に都合よく出来た物です。私など修行しても…軽くまだ後1080以上は残っています(笑)
冗談はこれくらいとして。これだけは伝えたい。
仏教の修行とは、ただ欲望を押し殺し何も感じない人間になる事ではない。
自分の中にある欲や怒り、嫉妬や執着に気づき、それらに振り回されない心を育てて行くことも、本当に本当に大切な修行のひとつです。
腹が立っても怒鳴らない、羨ましくとも、妬まない。欲しくとも、本当に必要か考える。そんな小さな積み重ねが、心を少しずつ豊かにしてくれるのではないでしょうか。
そして私は、煩悩があるからこそ、人の弱さや苦しみを理解出来ることもあると思っています。完璧な人間になんてなれなくても構わない。昨日より少しだけ心穏やかに生きられたら、それはもう立派な一歩です。
私もまだまだ修行中、共に頑張りましょう。